My Boy Vol.3 ―― Keiji.K
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「つかさ、どした?」
ドアノブに手をかけたとき、反対を握っていた小さな手の力が強まった。文字通り、"ギュッ” と。
――朝、芸能人の俺を迎えに来たのはマネージャー。見たこともない子どもが俺の隣に並んでいたら、そりゃびっくりもするだろう。ワーワーとうるさいやつに『あとで説明する』とだけ言い、迎えの車に乗り込んだ。
事務所につくと、マネージャーに由布のことを調べてくれるように頼んで別れ、俺ら二人は今、控え室のドアの前。
「もしかして、怖い? 」
不安そうに俺を見上げるつかさの頭をポンポンと叩く。
「怖くなんか、ない、もん」
「ふっ、大丈夫だって」
腰を下ろし、つかさと目線を合わせる。
「中にいる奴らは、俺の仲間。ちょっとゴツいけど、みんないい奴だから、な」
小さく、コクンと頷いて応えるつかさ。
「ほら、笑えよ」
ほっぺをプニッとつねってやると、『いひゃい』とか言うかわいい奴。
「よし、行くぞ」
そのまま手をつないで、勢いよくドアを開けた。
「はよーっ」
そこには、いかにも『いかつい』男どもが、すでに5人とも勢揃い。
「啓司、遅刻だよ……でさ、あそこのステップの……って、ん??」
青い髪を揺らし笑顔で俺をたしなめたのは、このグループのリーダー、ケンチ。中断していたアキラとの会話を続けようとしたが、小さな珍客に気づき、こっちを二度見した。なに、その顔(笑)。
「なに、なに、その子、どこの子?」
ケンチと同じタイミングでつかさに気づいたアキラ。こちらに近寄り、つかさの前でしゃがみこみ、頭を撫でた。
後ろでは、ネスミスと将吉がこちらをじっと見ている。ネス、目を丸くした顔がバカっぽい。将吉、目力が強すぎて怖い。
ソファで優雅にコーヒーを飲んでいる哲也が、いつものように甘ったるい声を出した。
「啓司の隠し子だったりして~」
ブッ! こいつ、相変わらず鋭い!
「……そう……らしい」
頭をかきながらそう答えた。
「えっ?」
哲也が聞き返した後、しばしの沈黙。そして……
「「「「「はーーーーっ!?? 」」」」」
全員が一斉に奇声を発した。
「け、啓司くん?」
「啓司さん! いつの間に!?」
「ヤバいっす、ヤバいっすよ、啓司さんっ!!」
慌てて詰め寄ってくるアキラ、ネス、将吉。
あまりの勢いに、つかさがびっくりして俺の後ろに隠れた。
「け、けいじくん……」
「待て、みんなちょっと待てって!」
「マジで言ってるの~? 嘘でしょ~?」
ソファに座ったままの哲也は、口調は面白がっているものの、目は笑ってない。
「啓司、どういうこと?」
ケンチがあえて落ち着いた声で俺に尋ねる。
つかさがその声に反応し、俺のシャツの裾をぎゅっと握った。 その手を握り、腰を落とす。
「つかさ? さっき言ったろ、これが俺の仲間。挨拶できる?」
俺の目を見て小さく頷いたつかさ。背中をそっと押してやると、みんなの方に向き直し、まっすぐ立ってペコリとお辞儀をした。
「つかさです、よろしくお願いします!」
勇気を振り絞った大きな声。頑張ったご褒美に頭をくしゃくしゃに撫でてやる。……が、みんながつかさを見たままリアクションがない。
「けいじくん……」
不安そうなつかさの声。マジか、こいつら大人げない。
「おまえらなぁ……」
「……か、かわいい」
ボソッとアキラがつぶやいた、その瞬間。
「「「「「かわいい!!!」」」」」
「うっせーよ、おめーら! つかさがびっくりするだろうが!」
「待って、待って、もう一回やって」
つかさに向けてパシャパシャとシャッターを押し始めるネス。
「おじちゃんが肩車しようかー?」
ニコニコしながら近づいてくるアキラ。
「ぐすっ」
ヤバい、つかさがそろそろ限界。
そして、決定打はやっぱり将吉だった。
「ヤバい! マジでヤバいっす! つかさ、ゲキかわいいっす!!」
目力強いままでつかさに駆け寄るなっ! ほら、つかさが後ずさっただろう!
「ぐすっ、ぐっ」
ヤバい、つかさがヤバい!
「何歳っすか! 抱っこしていいっすか!」
つかさに顔を寄せるな! 将吉、目っ! めっ!
「待て、待てって、将吉!」
それは、将吉がつかさに両腕を伸ばした瞬間だった。
「うわーんっっ! けいじくーん!」
俺にしがみつくつかさ。
「「「「「将ーー吉ーーーーー!!!!」」」」」
全員で将吉にシャウト。
「大丈夫だから、こいつはお前を取って食ったりしない。大丈夫だから、つかさ」
泣いたままのつかさを抱っこし、背中をさする。
「わ、わ、ごめんなさい」
将吉が慌てて謝ろうと近寄るが、
「わーん、わーん!」
余計に逆効果。つかさは俺の肩に顔を埋めたまま。
「「「「将ーーー吉ーーーーーー!?」」」」
「……ほんと、ごめんなさい」
しょぼんとする将吉。最初からその目で来いよ。
「大丈夫。怖いおじさん、あっちにやるから。ほら、将吉、しっしっ! ハウス! 」
部屋の隅っこで肩を丸める将吉は、完全に『待て』ができずに怒られた子犬。
「ぐすっ、ぐすっ」
「ほら、もう泣きやめ。あとであのおじちゃんに飴ちゃんでも買わせるから 」
いまだに泣いているつかさの頭を撫でる。
「あのー、お取込み中に申し訳ないんだけど。啓司、ちょっと」
この修羅場に割って入ったのはマネージャー。
「おう。ケンチ、つかさ頼める?」
「あぁ。後で詳しいこと聞かせろよ。じゃぁ、つかさくん? おじちゃんたちと一緒に遊ぼうか。おのおじちゃんは、あんな目をしてるけど本当は怖くないからねー」
ケンチは、ファン曰く『全人類を虜にする麗しい微笑み』(俺調べ)でつかさに両手を広げた。やっぱり虜にされたつかさも大人しくそれに従い、その身体を俺からケンチの腕に移した。
「つかさ、待ってろ。ちょっとこの人と話してくるから」
ケンチの腕に抱かれながら、つかさは不安そうに、でもしっかりと俺を見て頷いた。
*****
俺とマネージャーは空いている控室に移り、俺からは朝の出来事、由宇のこと、つかさが俺の子供かもしれないことを伝え、マネージャーからは由宇について分かったことを教わる。
――由宇が病気で亡くなったこと。つかさは、一時的に児童相談所に預けられていて、今日から養護施設に移る予定だったこと。その日につかさがいなくなり、児童相談所はつかさを探していたこと。
「由宇が、死んだ?」
信じられなかった。
「あぁ、残念だけど。……由宇さん、親戚とかいないのかな」
「小さい頃、両親が離婚して母親に引き取られたが、その母親はもう亡くなってる。父親はどこにいるかも分からないし、兄弟もいないはずだ」
「そうか。じゃ、つかさくん、一人ぼっちだね。どうする、啓司?」
「どうするったって……」
まだ、頭がついていかない。由宇が、死んだ。
「とりあえず、児童相談所には、僕が由宇さんの友人で、つかさくんを預かっていると伝えておく。これからのことは社長にも相談しなきゃいけないだろう。その時は僕も行くから」
由宇が死んだ。つかさはひとりぼっち。由宇が俺につかさを託した。つかさは一人で俺のところまできた。由宇が死んだ、由宇が死んだ、由宇が死んだ……
「ほら、つかさくんが待ってるよ」
マネージャーに肩を叩かれて、ようやく、我に返った。
*****
「つかさー、大丈夫かぁ?」
そーっとそっと、みんながいる控え室のドアを開ける。
案の定、目の前にいるのは、やつらに泣かされているつかさ……ではなくて。
「おかえりなさい、けいじくん!」
ニコニコのつかさと
「「「「「おかえりー!!」」」」」
つかさ以上にニコニコのおっさん5人。
「はっ?」
ケンチの膝の上に乗り、溢れんばかりの笑顔でチョコレートケーキを頬張るつかさ。ケンチが聖母のような微笑みで、つかさの頭を優しく撫でている。
「てつやくん、ケーキおいしいっ!」
ニタッて前歯を出して笑うのは……誰に似たんだ、この人たらしめっ! ほら、見てみろ、哲也の顔!
「今度、お店に出す試作品なんだ。まだたくさんあるよ~」
哲也、甘ぇよ! お前の声はハニーラテかっ!
「まじっすか!?まだもらっていいっすか!?」
そして、つかさの横で同じようにチョコケーキを貪っているホッキョクグマ、もとい、将吉。
「だめ~。これはつかさにあげるんだから。将吉はいっつも食べてるじゃん~」
「……はぁい。ごめんなさい」
将吉がとても分かりやすく肩を落としている。何だよ、その迷える子羊みたいな目は。その目でつかさに近寄れば、つかさも泣かずに済んだのによ。
「ぼく、もうおなかいっぱいだから。ほら、しょうきちくん、どうぞ!」
つかさが将吉にケーキを差し出した。
「いいの? ありがとう!」
目を輝かせる将吉よ、お前、4歳児に気を使われてるぞ。
「え、えらい、えらいぞ、つかさ!!」
アキラが急にでっかい声を出して、つかさを抱きしめた。いや違う、あれは羽交い絞めだ。
「いたい、いたいよ、アキラくん」
「あ、ごめんごめん! でも、なんていい子なんだ」
目をうるうるしながらつかさの頭を撫でるアキラ。お前はどこのおっさんか。
「将吉くん、はい、アーン」
つかさはニコニコしながら、さっき食べた二個目のチョコケーキを将吉に食べさせてる。将吉にかかればかわいらしいチョコケーキなんて一口でおしまいだ。
ネスはっと……パシャパシャ、シャッターを切る音しかない。お前、一体写真を何枚撮るつもりだよ…………その写真、寄越せよ、絶対に寄越せよ!
「ふっ」
つかさがもうすっかり懐いてやがる。これなら、大丈夫かもしれない。
「でも本当にいい子だよね。親の愛情をたっぷり受けて育ったんだね。優しいお母さんなんだろうな」
ケンチが目尻をくしゃくしゃしたまま独り言のようにつぶやいた。
「……ゆぅ……」
「ん? 何、啓司?」
「由宇だよ、母親」
「由宇ちゃん? 由宇ちゃんの子ども?」
すぐに由宇の名前に反応した哲也。デビュー前は由宇も一緒によくみんなで飲んだっけ。
「由宇さん、帰ってきたんですか!?」
ファインダーを覗いていた顔をこっちに向けるネス。丸い目がますます丸くなって、まるで刑事役をよくやっていた外国人の俳優のようだ。
「んにゃ。朝、こいつだけ家にやってきた」
「由宇さんは?」
ネスがおそるおそる尋ねる。こいつはこういう時の勘は鋭い。
「……死んだとよ」
「え?」
アキラが思わず声を出した。
「どういうこと?」
哲也が眉根を寄せてこっちを見上げる。
「まだ、よく、わっかんねぇ、けど」
こめかみをかきながら、少し考えた。
「……けいじくん?」
つかさがいつの間にか傍に来ていて、俺のシャツの裾を引っ張った。
「ん?」
「けいじくん……ぼく、じどうそうだんじょにかえる?」
下唇を噛んで、心配そうな上目使い。
「おいで」
笑ってみせたあと、両手を広げてつかさを抱き上げた。目の前には、潤んだ小さな薄茶の瞳がこちらを見つめている。
「帰りたくない?」
「うん」
「じゃ、一緒に暮らすか?」
「……いいの?」
「あのおじちゃんたちにも、お願いしなきゃならないけど」
つかさと一緒にあいつらの方を向くと、呆けた顔が5つ。
「あははっっ。アホ面ーーー!!」
「ちょっと、啓司、ちゃんと説明して」
さすがリーダー、ケンチが収拾にかかった。
「あぁ。するする」
「けいじくん、だいじょうぶ?」
「あぁ。大丈夫じゃねぇ?」
心配そうにこちらを伺うつかさの頭をくしゃくしゃにしてやった。大丈夫。こいつらとならなんとかなるかも。いや、こいつらだからこそ、これからも一緒にやっていける。つかさも一緒に。
――これが、俺が『家族』をもった、初めの第一歩。
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