KEIJYU's Second Short Story

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朽ちる身体 Vol.1 ― SAKURA(桜)

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――私は、人を愛するという感覚がわからない。


 いつも私とは別の人間が俯瞰で見ている感覚。いや、俯瞰で見ている方が私自身であり、動いてる人間はどこか違う。何かが違う。それは人というより動く物体。

 だからと言って感情がないわけではない。痛いし、悲しいし、寂しいし、嬉しい。子どもや子犬はちゃんとかわいい。

――こうして、満開の桜を見て綺麗と感じる感覚も持っているのに。



 それでも……自分に対する実感がない。愛が分からない。きっとこの感覚は誰にも分かってもらえないであろう。私は半ば人生を諦めていた。



――貴方に会うまでは。



*****


 4月。桜も満開を過ぎようとしており、はらはらと川面に花びらを落としていく目黒川。この季節、日中は辟易としてしまうような人込みだが、さすがに日付も変わりそうな時間だと歩いている人もいない。

 私は、この時間帯にここを歩くのが好きだ。ライトアップもされていない暗い通りだが、花自身が持つ白い輝きと月明かり、それを映す水面で仄かに桜が浮きだっている。

 そのぼんやりとした美しい白を眺めながら、私はゆっくりと歩を進めていた。愛でていたのは桜なのか、それとも桜を愛でている私なのか。そんな答えのない、出す必要もないことを考えながら、「私」という物体を動かしていた。

 暫く歩いていると、私の目線の少し先、ひときわ大きな桜の下にある人影が見えた。

 長身でスタイルのよい男性。白いシャツ、黒いロングジャケット、黒い細身のパンツというシンプルな服装が、シルエットの美しさを更に強調させる。

 

 モノクロの世界の中、その人の髪だけが青という「色」を放つ。

 枝から零れ落ちるように垂れて咲いている桜を手に取るその人影の男性は、そのまま、桜の花にそっと口づけた。それが貴方だった。



――夜半の嵐が吹き、散り始めた花びらたちが貴方の周りに纏わると、私の中の時間(とき)が止まる。


 桜を手に取ったまま、貴方はゆっくりとこちらに顔を向けた。私を見て、なぜか笑顔を浮かべている。知らない人間がじっと自分を見ているなんて気持ち悪いはずなのに、そんなことにはお構いなしのよう。それとも、こんなに麗しい容姿を持っている人間は、他人から見つめられているのに慣れているのだろうか。

 目尻に刻まれた皺をそのままにして、貴方はゆっくりとこちらに近づいてくる。

「……見つけた」

 いつの間にか私の目の前に来ていた貴方。今度は真顔になって私の顔を見つめた。血が通っていないような真っ白な顔で、黙って私の左頬に優しく手を添える。その細くて長い指は驚くほど冷たくて、私の肩は心臓とともに少し跳ねた。

  そんな私の小さな驚きに、貴方は少し困ったようにまた微笑んで、

「ごめん」

と小さく謝った。でも、私は何故謝られているのかが分からない。見知らぬ男性に触られている、という恐怖は全くなかった。


――私は、もうすでに貴方に囚われていたから。


 漆黒の闇の中。見上げると、背の高い貴方の美しい顔越しに蒼白い月の光。舞い落ちる薄桜。貴方は苦しそうな息遣いになり、私に段々と近づいて来て……


 そして、貴方の右手から力が抜け落ち、青髪が頬を掠め、私の肩に頭がのせられた。


「ごめん」

 もう一度貴方が言う。呼吸とともに肩が大きく上下している。

「このまま朽ちようとも思ったけど……見つけてしまった……君を……道連れにしてごめん」

 貴方の右手が私の肩を撫で上げると、ブラウスの襟に手をかけた。一番上に留まっていたボタンが千切れ、露わになった首元にひとひらの花びらが舞い降りる。

 冷たくなった貴方の唇がそこに押し付けられたとき、私はそっと目を閉じた。

 

  そのとき微かに感じた肌を抉るような痛みには気づかない振りをした。というより、寧ろそれを喜んで受け入れた。


 それは私がようやく感じることのできた「生きている証」だったから。



――これが、私が美しくて優しすぎる吸血鬼に囚われた瞬間。



End

 

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