KEIJYU's Second Short Story

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Summer Lover

 籍だけを入れて式を挙げなかった私たちのために、仲間が開いてくれたサプライズパーティー。プライベートビーチを持つ小さなホテルを貸し切って、なんて豪華なことをいっても、みんなが揃えばただの飲み会になるわけで。夜通しの喧騒のあと、各々の部屋に戻った頃には、太陽が水平線からすっかり顔を出していた。


アルコールでぼんやりとした意識のまま、何気に部屋の窓から外を眺めると、砂浜に座っている人影がひとつ。



「ここにいたの?」

 ビーチに出た私は、海を眺めている啓司の後ろから声をかけた。

「ん」

 啓司は振り返らずに小さく返事をしたあと、立ち上がって服についた砂を払う。

「みんなは?」

「あれだけ飲めば……ねえ」

 私が啓司の問いかけに苦笑すると、彼はただ片方の口角を上げてそれに答えた。

「いいパーティーだったな」

 水平線を見つめたままの啓司。

「うん。こんなにお祝いしてくれて、みんな、自分のことのように喜んでくれて」

「ん」

「ネスさんなんてずっと泣いてたよね?」

「ああ、あいつはバカだから。泣きすぎ」

 啓司がヘラヘラと笑う。あなたはネスさんが好きすぎる。

「まあ、俺たちのこと全部知ってて、一番心配してたの、あいつだからな」

「私たちがケンカする度にオロオロして、間に入ってくれたりしてね」
 
 啓司は、あの頃を思い出したように歯を出してニタッと笑った。

「お前、気が強すぎなんだよ」

「啓司が他の女と遊ぶからじゃん」

「はは、確かに」 

「……認めた。珍しい」

 啓司は「何だよ?」といった風に片方の眉を上げてこちらを見た。まるで、誘惑の白き悪魔のように。

「……いえ、何でもありません……」

 私がいつものように怖じ気づいた振りをしてそう言うと、今度は「よろしい」といった風に首を縦に振り、私の頭をポンポンと軽く叩いた。



 ああ、私、やっぱりこの手が好きだ。このでかい図体!?に似合わない子どものような手が。見なくても分かる。分厚い掌と短めの指に平たい爪。



「……お前をこの海でぶん投げたこともあるなぁ」

 右手で顎をさすりながら想い出話を始めた啓司。

「ほんと、あれはひどかった! 髪も顔もぐちゃぐちゃだし、着替えも持ってなかったし! 」

「ふははっ! お前の顔、ほんとに酷かったわぁ。この世のものとは思えなかったもん。まぁそのあと、ボコボコに殴られたけどな」

「だって、啓司が悪いんじゃん!」

「でも、あのときのお前、かわいかったんだよなぁ」

 啓司が横目で私を見ながらニタニタと笑っている。きっとその後のことを思い出しているのだろう。

「……おっさん、ヘラヘラしすぎ」

 何だか無性に恥ずかしくなって、私は悪態をついた。



――波が真っ白な貝殻を残していく。あの夏のように――



 今でも鮮明に覚えている。びしょ濡れになった私たちは、無性に可笑しくなって、ケタケタと笑い合った。そして、そのまま抱き合ってキスしたこと。

 この海で迎えた啓司との初めての夏。啓司が白いシャツを脱いだら鍛えられた筋肉たちで象られた美しい裸が現れ、私は改めてその小麦色の魔法にかかった。

 夜のビーチで、そのまま朝までホテルの部屋で、何度も何度もお互いを求めあった。二人の未来はこれからも永遠に続いていくと感じられた、あの大切な夏。



 ふと啓司を見ると、あのときと変わらず、ヘーゼルの瞳がこちらに向けられていた。また彼の片方の口角が上がる。啓司も同じ事を思い出してくれているだろうか。



「……楽しかったよな」

 そしてまたニターっと少年のように笑った啓司は、そのまま海に向かって歩き始めた。

「ははっ、まだ冷めてぇ!」

 笑いながらパシャパシャと水面を蹴り上げる姿は、昔からよく見た光景。無邪気なその仕草は啓司らしくて、つい笑みが溢れる。



「なあ?」

 ふと、足の動きを止めた啓司。

「ん?」

「……ちゃんと言ってなかったわ」

「何を?」

 少しの沈黙。真面目なことを言おうとするときの彼の癖。














「……結婚おめでとう。アキラに幸せにしてもらえよ」

 太陽に照らされる啓司の影。俯く彼の横顔は逆光になっていて、その表情は読み取れない。



「……うん……ありがとう」



 あの夏、確かに私の恋人だった啓司。彼が私を捨てたのか、私が彼を捨てたのか。



End

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