KEIJYU's Second Short Story

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BlueなSky

 

 まだ柔らかさの残る青の空、ようやく暖かくなってきた芝生の上、さわさわとそよぐ心地よい風、無邪気に遊ぶ子どもたちの声、向こうの方でバーベキューを楽しむ大人たち。


「ヤバッ! ねえちゃんのおにぎり、うめっ!」

「もう、おおげさだよ。ただのおにぎりだって」

 鮭のおにぎりを口一杯に頬張る将ちゃんを見て、つい吹き出してしまう。

 

 

 昨日、急に将ちゃんからLINEが入った。

【明日、そっちに帰るからねえちゃんと公園行きたい! お弁当たくさん作ってー😃✌】

 これが、30も過ぎた立派な男――しかも見た目は厳つくて泣く子も黙る目力を持ったいかにもパリピな男性――の書くメッセージだろうか。

 そんなことを思いつつ、すぐに買い出しに行き、朝早く起きて鼻歌とともにこの大量のお弁当を作った私も私だけど。

 それもほんの少し、ホントにほんの少し、将ちゃんよりも年上の……

 

 

 そして今、将ちゃんはあっという間におにぎりを二つお腹に入れ、今度はザンギを一気に口に入れてもごもごしてる。

 

「これもうっめっ! やっぱねえちゃんのザンギ最高!」

 いつ見ても食べる量とスピードは圧巻だ。前に『将ちゃんは掃除機のようにご飯を食べるね』と呆れて言うと、将ちゃんは『それヤバい、おもしろっ』と笑った事がある。

 

「もう、食べるかしゃべるかどっちかにしたら?」

 決してお行儀の良いとはいえない将ちゃんの食べ方が、私は大好きだ。

 

「だって、ねえちゃんの作るもの何でもホントにうまいんだもん!」

 将ちゃんは、口の中が空にならないうちに次のザンギをまた放り込んだ。

 

「やっぱ、ねえちゃんの飯食うと元気出るわー。毎日食べたい!」

 そんなふにゃふにゃな笑顔で、出来もしない事を言わないでほしい。つい、笑っていた口元が歪んでしまうから。

 

「ん? ねえちゃん、どうした?」

 鈍感なのか、敏感なのか……

 

「もう、将ちゃんったら。毎日飛行機で帰ってくるわけにはいかないでしょ?」

  私は努めて明るく返すと、将ちゃんは肩を落とし、 

「そっか、ごめん」

 と、目力もなく眉根も下げて明らかにしょげた顔。

 

「ほら、将ちゃん、ご飯つぶがついてる」

 私は笑ってごまかした。すると将ちゃんは、

「え、どこ?」

 と言いながら顎を私の方に差し出すから、唇の下の髭に引っ掛かっているご飯つぶを取ってあげると、将ちゃんはまた無邪気なニコニコ笑顔に戻った。

 と思ったら、今度はポテトサラダがまた将ちゃんの口にどんどんと吸い込まれていく。

 

 ここまではいつもの光景。少し物足りないけど、いつもの幸せなひととき。

 

「ごちそうさま!」

 最後だけはきちんと両手を合わせた将ちゃん。多目にと思って作ったのに、お弁当箱は全て空っぽ。どこにあれだけの量のご飯が入るのだろう……。まあ、すぐにトレーニングで消化されてしまうのだろうけど。


「はぁ、満足ー!! 眠てーー!!」

 言い終わらないうちに、将ちゃんがごろんと寝転がり、あっという間に将ちゃんの頭が私の膝の上に。

 

  胸の上で両手を組んで指でリズムを取りながら鼻歌を歌っている将ちゃんがあまりに近過ぎて眩しくて、つい視線を反らして右手で顔を隠した。


「……ねえ、そんなに嫌だった?」

 将ちゃんが心配そうにそう尋ね、私の手首をつかんで顔から外そうとする。そんなことを言われると、首を横に振るしかなくて。


「ほんと? じゃ、照れてんの? ……顔、真っ赤だよ?」

 分かってるなら、そんな追い打ちをかけないで欲しい。やっぱり首を横に振るしかなくて。


「ヤバい……」

 口を手で覆う将ちゃん。

 

「……ねえちゃんがかわいい」

 ……だから、本当にそういうのはやめてほしい。

 

「ねえちゃんをからかわないでよ」

 顔が熱くてしょうがなくて、手のひらでパタパタと顔を仰ぐと、将ちゃんは目尻に皺を寄せてニカーッと顔を崩した。そして、また始まる将ちゃんの鼻歌。

 
「ねえちゃん、空、見て」

 将ちゃんがそう言って天を指差すから、つられて私も上を向いた。
 
♪ Look up Blue Blue なSky, Sky~♪

 将ちゃんが口ずさみはじめたメロディ。空の青を隠す白い綿あめは一つもない。元気よい青葉から零れる陽の光。

 

♪いつだって You are beautiful  ~♪

 綺麗な歌声。ただ歌うのが好きで、それだけを貫いて歌い続けてきた将ちゃんの声は、混じりっ気が何もなく純粋で透明で、立場とか年齢とか距離とかで縛られている私の心を全てほぐして、優しく包み込んでくれる。

 

♪今を、そして君を、誰より愛せるさ~♪

 

――自分の意志とは関係なく流れていく涙――

 

 それに気付いた将ちゃんが、慌てて身体を起こした。

 

「わっ、ねえちゃん! 何で泣くの? 俺、悪いことした? 何か嫌な事、思い出させた? なに、なに?」

 将ちゃんが私の顔を覗き込みながら、キョロキョロしたり、ジーパンのポケットに手を突っ込んで何かを探したり、絵にかいたようにあたふたしている。将ちゃんがハンカチやティッシュを持ち歩くはずなんてないでしょ、もう。


「ねえちゃん、泣かないで。ほら」

 結局、自分のTシャツの裾をまくり、私の濡れた頬を拭こうとする将ちゃんらしい優しさに、私は泣きながらも自然に頬が緩み、小さく

「ありがとう」

 と呟いた。

 

   私の顔を見た将ちゃんは安心したような笑顔を見せ、両手を宙に浮かせたが――多分私を抱き締めてくれようとしたのだろう――小さくため息をつきながらそれを一旦下ろし、今度は私の肩にのせた。

 

「わーっ、やっぱできねーや!」

 急に大きな声をだすから、こっちがビクッとなる。


「えっ、えっ? 何が?」

 

「うーんっ、あのね……啓司さんがさ、好きな女なら愛しているって囁いてキスの一つでもしろよって言うんだけどさ。俺、哲也さんみたいにロマンチックな台詞なんて思いつかないし、恥ずかしいし、ぜってー無理だわ」

 将ちゃんは、そう言っている間も照れ笑いを浮かべながらずっとこめかみをかいている。

 

……私はもう吹き出すしかなくて。

 

「ふふっ。ふふふっ」

 

「え、なんで笑うの?」

 急に声に出して笑う私を見て、将ちゃんの頭にハテナが浮かんでいる。
 
「だって、将ちゃん、さっきまであんなにロマンチックな歌を歌ってたじゃん」


「あっ……」

 さっきまで歌っていた自分を思い浮かべる将ちゃん。

 

「……だって歌は別だから」

 はにかむ笑顔はまるで十代の無垢な少年。

 

「ふふふっ」

 180cmの筋骨粒々な可愛らしい少年に、私はまた笑みを溢した。

 

「ま、ねえちゃんが笑ってくれるならいっか!」
  将ちゃんがまた寝転び、私の膝はまた枕がわり。

 

♪そう、ただ笑ってくれるだけで、Yeah 満たされてく♪

 将ちゃんがまた口ずさむメロディ。 微笑み合う私たち。

 

  歌うことでしか素直な愛をくれないキミに、今度は私からキスをあげよう。

 

End

 

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